最近
GWは音楽のいろんな技術進歩とかを調べていた。 例えばAudio to MIDI。FFTで信号処理したものをCREPEのようなものを使って音高推定を行い、 Transformerを噛ませて出来上がった像をMIDIに整形する、とかができる時代が来つつある。
アラがあるが、出来が良いのがbasic-pitchであり 限定性がありつつも出来が良いのはpiano_transcription_inferenceだ。 これはもう数年前の技術なので、最近どうなのかは気になっている。
私、滅茶苦茶インフラとか興味ねえんだな。
最近の新しいVSTプラグインとか音楽制作ソフトウェアに興味が結構出てきてしまった休暇であった。
まだできないものについて
最近あらゆる制作の「前処理」にAIは完全に食い込んできたレベルになってきたなと思っている。 とはいえ、やはりオリジナリティに消費者は魅せられているというのは改めて思ったりもした。 まあなんかIxy先生の動画見てなんか思っちゃたりもした。
Sunoはやはり面白い。Suno Studioみたいな「制作に使うツールとして」という方向性は画像生成系、SeedanceやPixAIにはまだまだ見られない傾向だろう。こういう進化には夢がある。NetflixよりSpotifyの方が感覚的に早かったように、マルチメディアでAIを飲み込んで受容される最初のメディアは音楽が最初になる可能性が高いだろう。
しかし振り返ってみると、「人気作品」を作った人物は数多く存在する。 しかし、その中でもごく一部、「スタイルそのもの」を発明してしまった作家というのはすごみを感じるものだ。
その代表例が、偉大なる鳥山明先生だと思う。
キャラクターではなく、「文法」の開発が最強になる
優れた作品IPが後世に残ること自体は珍しくない。
- ドラえもん
- しんちゃん
- ちびまる子ちゃん
などは、世代を超えて継承される巨大IPである。
しかし鳥山明作品が特異なのは、「キャラクター」だけではなく、「鳥山明っぽい絵」そのものが世界的な価値観になってしまったことだ。
- 丸みを帯びたメカデザイン
- 明快なシルエット
- 少ない線で構成された読みやすい画面
- デフォルメとリアルの絶妙な中間
- スピード感ある構図
- 少年漫画的な“気持ちよさ”の記号化
これらは単なる作画技法ではない。 もはや「漫画・ゲーム表現の文法」である。
実際、現在の漫画・ゲーム・アニメにおいて、「鳥山明的」な影響を受けていない作品を探す方が難しい。
「ドラクエらしさ」は、絵柄そのもので成立している
この“スタイルの継承”が最も象徴的に現れているのが、ドラクエだろう。
例えば、FF7と近年作品では、キャラクターデザインや世界観がかなり異なっていても、多くのユーザーは違和感を持たない。
FFは「毎回変化するシリーズ」だからだ。
しかしドラクエは違う。
ドラクエは、
- 鳥山明的なキャラクター
- すぎやまこういち 的な音楽
- 明るく親しみやすいモンスターデザイン
- 柔らかくユーモラスな世界観
その総体によって「ドラクエ」という体験が成立している。
つまりドラクエにおいては、「スタイルそのもの」がIPである。
そのため、スクエニ内部には「鳥山明っぽい絵」を描ける人材が必要になる。なのでそういう人はいる。
これは単なる模倣ではない。 歌舞伎や能の“型”の継承に近い。
同じことはジブリにも言える
同様の現象は、ジブリにも見られる。
もちろん、ジブリ作品の魅力は物語や演出にもある。 しかし、多くの人がまず惹かれるのは「あの絵柄」ではないだろうか。
柔らかく、中性的で、親しみやすいキャラクター。 自然と人間が共存する空気感。 温度や湿度すら感じる背景。
興味深いのは、その画風が「ジブリ作品」に限定されていないことだ。
例えば、
- 雲のように風のように
- ノポック作品群
などにも、同系統の空気感を見ることができる。
つまり人々は、「作品」だけでなく、「スタイル」そのものに魅了されているのである。
AIは“継承”は得意だが、“発明”はまだ弱い
そして、この話はAI時代において極めて重要になる。
現在の生成AIは、
- 「鳥山明風」
- 「ジブリ風」
- 「手塚治虫風」
といった既存スタイルの再現能力を急速に高めている。
しかし、それは本質的には「既知のスタイル空間の補間」である。
AIは、
- 人類が既に快と感じた表現
- 多数の人間に支持された特徴
- 統計的に人気のある構図や配色
を抽出・再構成するのが非常に得意だ。
だが、「まだ誰も見たことがないのに、見た瞬間に時代を書き換える表現」を生み出すことは、依然として難しい。
なぜなら、本当に革新的なスタイルとは、最初はしばしば“異物”だからだ。
- 鳥山明のメカ
- 宮崎駿 の自然描写
- 大友克洋 の背景密度
- 庵野秀明 の演出
これらは、後世から見ると“王道”に見える。 しかし登場当時は、かなり異質なものだった。
AIは本質的に「平均化」と「傾向抽出」のシステムである。 そのため、既に認知された快を強化することは得意だが、「まだ理解されていない快」を提示するのは苦手である。
人類が本当に記憶するのは、「新しい感覚」を与えた人なのだとつくづく思う。
結局、人類が長期的に記憶するのは、単なる人気作家ではない。